2008年08月02日

もうすぐ終戦記念日ですね。

先日、85歳で元気に車を運転しているお爺さんと
なんだかすっかり話し込んでしまった。

話してるうちに、近隣の2000人規模の会社の元社長さんだったと聞いて
なるほど、年齢よりもずっと若く矍鑠としていることに納得。


そのうち、二十歳の時戦地へ赴いき、帰国してくるまでのお話を聞かせてもらいました。


だんだんとこういったお話を聞かせてくれる人たちが減ってきているなかで
非常に貴重な体験をさせていただいたなと思いました。


うちの娘がそういう話が分かるころには
実体験を語ってくれる人々はほとんどいなくなってしまうということを考えると
今、俺達の世代が、周囲のそういった人々の話を聞ける機会があれば
それをいつかは次の世代に語り継いでいかなければならないんだろうなと
思っています。


さる事情でその方は
戦後の戦後処理も戦地でしてきたようですが
俺の想像していた戦後処理の風景よりも
なんとなく世界を平和に向かって進めようとする
敵方、味方の調和を若干感じることが出来ました。


戦地へ赴く際に、
「輸送船4隻に護衛の駆逐艦1隻だったから
前を守ると後ろががら空き
後ろを守ると前ががら空き
というなか武器と兵員満載の輸送船が
無事上陸できたのは2隻だったよ
俺は運が良かった」
なんてすごく生々しいお話でした。


当時の陸軍や国策に賛否両論あれども
そういう思いをしながら御国のためと
戦地に赴き散っていった先祖達に感謝をするような教育を
本当はしていかなきゃならないとつくづく思います。


別に軍事教育をしろってわけじゃないけど
日本の歴史とそれに散っていった人々がいるから
今の生活があるんだよ
せっかく受け継いだ、夢を大事に大切に
祖先に恥じない国家にしていかなきゃね

っていうような教育ってやっぱり大事ですよね。

過度にそうなっても、いろんな揉め事の発端にもなりかねないけど
心の内に留めて置けるような、そんな教育や社会風土が理想的ですね。


その爺さんも
「こういう話をしても分かる人、聞いてくれる人はほとんどいないよね」
と話してたように
そういう話の大切さすら心の中で薄れていってるのかなぁ?と
少し寂しい気持ちになりましたよ。
posted by Daru at 11:24| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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